鳴子温泉郷の新たな価値の源泉を探る
鳴子におけるハードとソフトの課題
東北随一の温泉郷である鳴子温泉郷は、「鳴子温泉」「東鳴子温泉」「鬼首温泉」「中山平温泉」「川渡温泉」の5つの温泉エリアを指し、日本にある11種類の泉質の内、実に8種が楽しめる日本の中でも珍しい「温泉の見本市」のような場所です。この贅沢な濃縮感が味わえるはずの鳴子温泉郷の価値が揺らぎ、継承の危機にあります。
その要因としては、温泉地における市場縮小と需要の変化という構造的な問題と、そして旅館業の経営・事業継承の危機という問題があります。鳴子温泉郷の現在は、このハードとソフトの課題が複雑に絡み合っているのです。
かつての団体旅行が主流だった時代の成功モデルが通じなくなり、ライフスタイルの変化や、個のニーズの多様化という時代の潮流に取り残されたような状態になっています。
さらに労働人口の減少による人的資本と、建物や設備の老朽化という物的資本の枯渇により、経営を圧迫していました。
グループワーク
議論の舞台となったのは、今回協力いただいた旅館経営者の大沼氏が営む大沼旅館です。風情漂う館内で、フィールドリサーチを終えた参加者が鳴子の未来について議論します。最初に大沼氏から鳴子温泉郷の直面する課題をありのままに語っていただきました。大沼氏は自身を『しくじり先生』とユニークに称しながらも、その言葉の背景には鳴子温泉郷の再生に向けた挑戦の連続があったことを知り、参加者は敬意を込めて大きくうなずき真剣に話を伺っていました。
これまで大沼氏は地域全体のマーケティングや戦略を統括するためのDMO(Destination Management Organization)の設立など協力者とともに積極的に取り組んできましたが、新しい取り組みに対する抵抗や地域間の政治により足止めを余儀なくされてきました。
鳴子という資源の本質的な価値を活かし、再び求心力を取り戻す観光地となるには、そして求心力を地域に根付かせる方法とはどんなものなのか——。参加者は自分の足で歩いて感じたこの地の魅力、座学で得た知識を思い出しながら活発に意見を出し合いました。
あるグループでは、「地域内で誰かが大きい旗を立てようとすると、多分きっと反対する人たちがいるから、外で旗を立てて自然発生的に良くなっていったというシナリオにするのはどうか」という意見や、「この地で働く従業員が仕事に誇りを持ってもらうにはどうしたらいいか」などの意見があがりました。
また別のグループでは、「『女将塾』の成功事例を水平展開できないか」また「地域おこし協力隊の活用をして関係人口を増やすのはどうか」などの意見が上がりました。
課題に対する提案のまとめ
1.アワードの創設—外部視点を用いた共創をするための競争第三者による地域内の旅館や店を評価するアワードを創設する。健全な競争の仕掛けを作ることで、それぞれの旅館や店舗がサービス向上に励む構造を作り出す。より良いサービスを「創造」し「競い合う」ことで各々モチベーションが醸成され、結果的に「鳴子温泉郷の価値を共創する」ことへ繋がることを期待する。
2.事業承継の安心の土台作り地域間で経済の偏りが起こっていることを取り上げ、鳴子温泉郷で利益を分かち合う仕組みとして、温泉郷の5つの地区を結ぶ周遊バスや、スタンプラリーを整備する。これにより観光客の回遊性を高め観光収益を上げるという、根付くための補助金の活用を提案。これにより暮らす方の利便性も良くなるという暮らしの基盤の強化というメリットを兼ね備える。
3.アイデンティティの明確化と体現(ブランド価値向上)
資源に頼らない見せ方づくりに力を入れる。温泉という資源は「機能的価値」と割り切り、それぞれの旅館や店舗に訪れた方にどんな過ごし方をして欲しいのか、どんなふうに感じてもらいたいかなどの「情緒的な価値」、滞在を通じどうなって欲しいのかなどの「自己実現的価値」を言語化し、体現(提供)する。それぞれの個性を際立たせるブランド作りを行い、ブランドの魅力を感じてもらうことで、観光地としての求心力を高めるだけでなく、ここなら承継したいと思ってもらえる価値創出を目指す。
例えば、大沼旅館が提供する「現代湯治」は、まさに価値の再定義を行い、提供する「ブランド」として新たな顧客層を惹きつけている。
一見重いと感じる事業承継の心理的・物理的負担を軽減するため、社長業を細分化し分業とする。地域で館内オペレーションをする人、遠隔で財務・経営管理に関わる人等専門領域に分けて共同経営をするというもの。これにより負担が劇的に軽減され、また多様なスキルを持つ人材が事業承継に挑戦しやすくなる。
5.人材供給「掛け流し」システムの構築
未来の後継者候補をどうやって見つけ、育てるのかに着目し、温泉のように絶えず人材が供給されるエコシステムを構築する。「おてつたび」やインターンシップ、地域おこし協力隊などを通して鳴子との接点を持つ関係人口の層を厚くする。その中から、経営に関心を持つ人材に経営ノウハウを学ぶ「経営塾」のような機会を提供し、本格的な事業承継へとステップアップしていく。
参加者からは具体的で実践的な提案が次々と出され、充実した議論となりました。
大沼氏は各提案に対し共感と気づきを得たとし、コメントしました。
事業承継には地域全体の安心感が不可欠であるという視点については、「今後やっていっても大丈夫かという安心がないと、事業承継をやりたくないよな」と共感されていました。また、「経営の負担を減らすために仕事を細分化するというのはいいですね」と評価し、現場業務と経営の分担の可能性について言及しました。さらに、鳴子の泉質の多様性などの機能的な強みが、「巡ってみたい」という動機に繋がるブランド力としては活かしきれていない現状を再認識したとコメントしました。
また、「おてつたび」などの仕組みは、長い時間をかけて関係人口として残っていく可能性を認め、実際に外部の視点を入れて業務マニュアルを作成してもらった事例を挙げ、外部の目を入れることを評価していました。さらに、「人材マッチングなどよりも実際に風呂掃除などのベタな現場を経験できるような場こそが良いのではないか」と、可能性を示唆しました。
議論を見守った教授陣からは、地域活性化は表面的なイベント実施や、一過性の補助金に頼った取り組みについては意味をなさないと繰り返し言及した上で、今回の全ての提案は高く評価されました。
大きなポテンシャルを秘めた鳴子温泉郷で今必要なのは、地元の人が誇りを持って働き続けられる「新たな源泉」を掘り当て、意思を持ったブランドとして自らが管理できる仕組みを構築することだったのではないでしょうか。多くの視点から源泉を探ったフィールドリサーチとなりました。